バドミントン観戦Tips

バドミントンの主に国際試合の情報、観戦に役立ちそうな知識など。リンクはご自由にどうぞ。

2016年05月

もうけっこう前の話になりますが、2016年の全英オープンに日本勢が優勝したときに三十数年ぶりと騒がれました。それでは過去の日本人選手の活躍はどうだったのかという話です。
 といってもwikipediaを見ただけですが。

Badnetにもいい記事があります。
・2016年の決勝の動画はこちら

女子

女子シングルス女子ダブルス

優勝準優勝優勝準優勝
1967年United States Judy HashmanJapan 高木紀子--
1968年 - - Indonesia Minarni Sudaryanto
/Retno Koestijah
Japan 高木紀子
/天野博江
1969年 Japan 湯木博恵 Japan 高木紀子 England Margaret Boxall
/Sue Pound Whetnall
Japan 天野博江
/高橋智子
1970年 Japan 竹中悦子 England Heather Nielsen--
1971年 - - Japan 高木紀子
/湯木博恵
England Gillian Gilks
/United States Judy Devlin Hashman
1972年 Japan 中山紀子 Japan 湯木博恵 Japan 相沢マチ子
/竹中悦子
England Margaret Beck
/Julie Rickard
1973年 - - Japan 相沢マチ子
/竹中悦子
England Margaret Beck
/Gillian Gilks
1974年 Japan 湯木博恵 England Gillian Gilks--
1975年 Japan 湯木博恵 England Gillian GilksJapan 相沢マチ子
/竹中悦子
Indonesia Theresia Widiastuti
/Imelda Wigoeno
1976年----
1977年 Japan 湯木博恵 Denmark Lene Køppen Japan 栂野尾悦子
/植野恵美子
England Margaret Lockwood
/Nora Perry
1978年 England Gillian Gilks Japan 近藤沙織 Japan 徳田敦子
/高田幹子
Japan 植野恵美子
/米倉よし子
1979年 Denmark Lene Køppen Japan 近藤沙織 Indonesia Verawaty
/Imelda Wigoeno
Japan 徳田敦子
/高田幹子
1980年 - - England Gillian Gilks
/Nora Perry
Japan 米倉よし子
/徳田敦子
・・・・・・
1991年 - - South Korea Chung So-young
/Hwang Hye-young
Japan 陣内貴美子
/森久子
・・・・・・
2011年 China Wang Shixian Japan 廣瀬栄理子 China Wang Xiaoli
/Yu Yang
Japan 藤井瑞希
/垣岩令佳
・・・・・・
2016年Japan 奥原希望 China Wang Shixian Japan 高橋礼華
/松友美佐紀
China Tang Yuanting
/Yu Yang

女子シングルス

優勝者・準優勝者リスト(Wikipedia英語版)

・戦前まで: 当然ながらイングランドの時代。
・戦後から50年代初頭: デンマークの時代。
・50年代中葉~60年代: アメリカの時代。

・1967年: 高木(→中山)紀子さんが初めての決勝進出。このときはアメリカのジュディ・ハッシュマンに敗れる。
・1969年: 決勝は中山紀子vs湯木博恵の日本人対決。勝ったのは湯木(→新沼)博恵さん。記念すべき初優勝。
・1970年: 竹中(→栂野尾)悦子さんが優勝。
・70年代: 日本は全英上位の常連に。
・1977年: 湯木博恵が全英4勝目を達成。これが長らく全英優勝の最後の記録となる。

・80年代以降: IBF(BWFの前身)への中国加盟があり、今に続く中国の時代。
・2011年: 廣瀬栄理子の準優勝(ドロー)。
  ・決勝 vsワン・シーシャン
  ・準々決勝 vsサイナ・ネワル

・2016年: 77年の湯木博恵の優勝以来、39年ぶりに奥原希望が優勝。

女子ダブルス

優勝者・準優勝者リスト(Wikipedia英語版)

・WDも傾向は同様で、やはり60年代終わりごろから70年代が日本の全盛期。
・米倉よし子さんは後の田児よし子、田児賢一のお母さん。
・1978年: 徳田敦子/高田幹子が優勝。これが長らく最後の優勝になる。
・80年代半ば~90年代半ば、シングルスとは違い韓国の時代があった。
・1991年: 陣内貴美子/森久子が準優勝。
・2000年代に入ってからは圧倒的に中国。
・2011年: 藤井瑞希/垣岩令佳が準優勝(ドロー)。
  ・決勝 vsワン・シャオリー/ユー・ヤン(中国)、ボロ負けですが…。
・2016年: 高橋礼華/松友美佐紀が38年ぶりの優勝。


男子


男子シングルス男子ダブルス

優勝準優勝優勝準優勝
1966年 Malaysia Tan Aik Huang Japan 秋山真男--
・・・・・・
2010年 Malaysia Lee Chong Wei Japan 田児賢一--
・・・・・・
2013年 - - China Liu Xiaolong
/Qiu Zihan
Japan 早川賢一/遠藤大由
2014年 - - Indonesia Mohammad Ahsan
/Hendra Setiawan
Japan 早川賢一/遠藤大由
2015年 - - - -
2016年 - - Russia Vladimir Ivanov
/Ivan Sozonov
Japan 早川賢一/遠藤大由

男子シングルス

優勝者・準優勝者リスト(Wikipedia英語版)

 1966年に秋山さん、そして最近2010年に田児の決勝進出があるだけ。

 2010年のドロー

 2010年は100回記念大会。田児はノーシードから、ともに中国の強豪であるチェン・ジンとバオ・チュンライに勝ち、決勝はリー・チョンウェイに[21-19 21-19]で惜しくも敗れる。
 このときのリン・ダンはバオ・チュンライに敗れている。

 公式な動画は無いようなので、2010 all englandのtagoとbao chunlaiやlee chong weiの試合はどこかで探して見てください。

男子ダブルス

優勝者・準優勝者リスト(Wikipedia英語版)

 近年ダブルスでは早川/遠藤が惜しいところまで行っているが優勝はできていない。もっとも決勝進出できている時点で以前と比べれば大きな進歩である。

 ・2013年は中国の若手ペアに大差で負け(ドロー)。
  ・決勝 vs リュー・シャオロン/チュー・ジハン(中国)
  ・準々決勝 vs キム・キジュン/キム・サラン(韓国)
  ・2回戦 vs トニー・ブレア/タン・ビンシェン(スコットランド/マレーシア)

 ・2014年は近年ではおそらく最強ペア、アーサン/セティアワンにスコア的には惜しいところまで行くが負け(ドロー)。
  ・決勝 vs アーサン/セティアワン(インドネシア)

 ・2016年は格下ながら勢いに乗るロシアペアにフルセットの末敗れた。


ちなみにミックスは準優勝以上は全くなし。


MS歴代優勝者

・8回 ルディ・ハルトノ(1960~70年代、インドネシア)
・6回 フランク・デヴリン(1920~30年代、アイルランド)、リン・ダン(中国)

 リン・ダンは2016年の優勝で歴代2位タイとなった。

2017年はこちら

●2016年第22週[5/30-6/5] インドネシア・オープン(SSP)@インドネシア、ジャカルタ
"bca indonesia open 2016"

ドロー
試合一覧

・時差
日本はジャカルタ(インドネシア西部時間)より2時間進んでいる
ジャカルタで12時開始 → 日本で14時開始

・日本人出場者
MS 佐々木翔、上田拓馬
WS 奥原希望、山口茜、佐藤冴香、三谷美菜津
MD 早川賢一/遠藤大由、園田啓悟/嘉村健士
WD 高橋礼華/松友美佐紀、松尾静香/内藤真実、與猶くるみ/福万尚子
XD 数野健太/栗原文音、園田啓悟/福万尚子

動画まとめ
BWF公式動画リスト
Djarum Badmintonのハイライト等


●昨年 2015年のインドネシアオープン(SSP)
ドロー
BWF公式動画リスト


●次週 2016年第23週 オーストラリアオープン(SS)
ドロー

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2016年国際大会カレンダー要約
・tournamentsoftware(トーナメントソフトウェア)の見方についてはこちら

[追記]
 ↑ インドネシアオープンの記者会見で。久しぶりにペアで登場。
 ↑ 復帰緒戦リ・ジュンフイ/リュー・ユーチェン(中国)に勝利。

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 デンマークの男子ダブルス選手のカールステン・モゲンセンが病気から復活、よってボー/モゲンセンペアも復活の模様。
 インドネシアオープン(SSP)のドローはこちら
 病名からは「五輪まで絶望か?」という印象を受けたんですが、意外に早い復活でした。


[これまでの経緯]

2月17日頃、欧州選手権の開催期間中にデンマークMDのカールステン・モゲンセンが脳動脈瘤破裂を発症し倒れ、開頭手術も行った。

2月20日、そのことをパートナーのマティアス・ボーがツイッターやフェイスブックで報告(カールステン・モゲンセン、脳動脈瘤破裂で倒れる)。

2月24日、経過は順調という続報(モゲンセン続報 (Badzine 2016-02-24))。

2月27日、カイ・ユン(中国)とマティアス・ボーが4月のマレーシアオープンにエントリーしていることが判明(カイ・ユン/マティアス・ボーがペア結成 (Badzine 2016-02-27))。

3月11日、モゲンセンの回復具合は良いようで、すでに軽い練習を始めているとBadzine

3月12日、しかしカイ・ユン/マティアス・ボーのペアは中国協会が拒絶、カイ/ボーペアは無しということに。

 その後は音沙汰がなく、デンマークが優勝を果たしたトマス杯にもモゲンセンは出られませんでしたが、ここに来て復活ということになったようです。

 ↑ トマス杯を手に喜ぶボーと変顔コンラッド。
 ボーは若手のマティアス・クリスティアンセンと組んで出場していました。

 五輪レースの結果、ボー/モゲは望めば五輪に出場できる位置にいます。2月以降5月5日までの五輪レース中はボー/モゲは全く試合に出られませんでしたが、世界ランキング8位を維持できました。
 また彼らが出られなかった場合に備えるかのように、デンマーク2番手のコンラッド/コールディングもすぐ後ろの9位にピッタリつけています。

その1 / その2 / その3 / 補足

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 世界ランキング決定の仕組みについてはその1~3で書いてきましたが、補足です。
 五輪レースの最終節、WD與猶/福万vs高橋/松友のときに思い出したのですが、同国対決で棄権の場合はランキングポイントが入らないというルールがしばらく前に新設されていたので、それについてです。

同国対決の場合のポイントについて

 五輪レースの最終節のアジア選手権決勝では、與猶/福万が勝てば世界ランクで8位に入ることができ、そうすると両ペア揃って五輪に出場できるという状況でした。
 実力で勝ってくれれば何も言うことないのですが、そうでない場合は高橋/松友が上手く負けるとか、いっそ棄権すればいいのではといちおうは考えるわけです(^_^;)

(1)棄権は無意味


 しかし棄権については新設されたルールのため無意味でした。
General Competition Regulation 附則6 世界ランキングの仕組み 4.4

 世界選手権およびレベル2のトーナメント[*1]において、ある選手/ペアが同じ国の協会に所属する選手/ペアとの対戦で棄権[*2]した場合、そのトーナメントについては(双方とも)ポイントを獲得できない。

 [*1]スーパーシリーズの試合(SSと同格のアジア選手権を含む)。
 [*2]試合前の棄権(withdraw)、試合中のリタイア(retire)の両方を含む。
 これは2015年6月1日に新設されたルールです。それ以前も同国対決の棄権で大会がつまらなくなることがありましたし、また五輪レースが始まればなおさら勝ちを譲るケースも想定されたため、新設されました。
 でもこれってもし本当に怪我していた場合、ムリにでも出場しないといけなくなるかもしれませんし、ちょっと怖いルールですよね。

(2)わざと負けると厳しい罰が待っている


 また上手く負けようにも、上のルールに加えて八百長などについてもルールが厳格化されていました。
 「賭けや異常な試合結果についての行動規範(Code of Conduct in relation to Betting, Wagering and Irregular Match Results)」がそれです。最悪の場合は永久追放という処分が設けられました。
 これで完全に穴を埋められたため、仮に高橋/松友に勝ちを譲る気があったとしても、かなりの「勇気」が必要だったでしょう。

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 で、こういうのを読むとやっぱ正直が一番だなと。
 話をアジア選手権に戻そう。準々決勝、準決勝と記録的な長さの試合を制して勝ち上がった福万、与猶組には、どう見ても余力が残っていなかった。準決勝の直後は「決勝のコートに立てるだろうか」と心配してしまうほどだった。予想どおり、世界1位ペアがストレート勝ちした。

 しかし、記者席で隣だったBWFの広報担当者からは「素晴らしいスポーツマンシップだ。バドミントンというスポーツを守ってくれた」と握手を求められた。当たり前のことなのだが、過去の経緯もあり、よくぞ正々堂々と戦ってくれたという意味合いだろう。私もまた誇らしい気持ちを持った。

http://www.47news.jp/topics/entertainment/2016/06/post_8677.php
その1 / その2 / その3 / 補足

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