…『オリンピアンの生い立ち』という3分半の短いドキュメンタリーです。

 いまいち時期が分からないのですが、インタビューの収録は2008年の北京五輪の直前で、その後に編集されたものでしょうか。

 

林丹の母(ガオ・シウユ、Gao Xiu Yu)
「 コーチたちが『彼には才能がある』と言ったのは息子がまだ9歳のときでした。小さな村にとどまっていてはせっかくの才能が無駄になるというんです。 息子は『お母さん、行きたくない』と言いましたが、私は『そのうち訪ねていくからね』と(本心ではないことを)言って送り出しました。息子の将来のことを考えるとちょっとした嘘が必要だったのです。」

林丹
「母に自分を連れ帰って欲しいと思い、ほとんど毎日のように手紙を書きました。」


「週に1回だけ電話で話しました。」

林丹
「母の声を聞くだけでこみ上げて来ました。僕が泣き出すと母も泣いていました。」


「息子が泣いているのは分かりましたし、最初のうちはちゃんと話せないようでしたが、そのうち落ち着かせることができました。息子がかすれた声でしゃべっていたので泣いてるのが分かりましたし、私も泣いていました。」

林丹
「母が断固とした態度だったことには感謝しています。僕がどんなにお願いしても家に連れ帰ることはありませんでした。」


「半年もすると息子も変わってきました。コーチたちも息子のことをとてもよい選手だと言っていました。彼を行かせて正解でした。上達するに従って、息子も私達を必要としなくなっていきました。
 2004年の(アテネ)オリンピックの前まで、私たちはみんな息子のことを精神的に強靭だと思っていました。誰も一回戦で負けるとは思っていませんでした。一回戦敗退で息子も辛かったでしょう。息子には『負けたことをあんまり深く考えないようにしなさい。一からまたやり直せばいい。一つ一つの試合を大切に』と言いました。」

・アテネ五輪 MSドロー …第1シードだがロナルド・スシロ(シンガポール)に1回戦負け。
・北京五輪 MSドロー
・ロンドン五輪 MS決勝トーナメントドロー

↑「リン・ダン、男子シングルスで史上初めて五輪2大会(2008北京・2012ロンドン)連続優勝を達成」
という2分程度の動画(オリンピック公式)
スマッシュを上から取るカメラワークがカッコいいですね。


林丹
「自分のキャリアで一番自分を変えたのは、あの2004年のオリンピックの一回戦負けです。」


「それからの4年間は彼にとっても難しい時期だったでしょう。」

林丹
「この4年はとても消耗させられました。休みはほとんどありませんでしたが、母親と一緒のときだけは安心することができました。不安になったときは実家に戻って来ると母が落ち着かせてくれました。」


「どんな選手にも失敗はあるものです。でも林丹は決して諦めませんでした。彼はいつも前に進み続けました。
 彼がプレーしているところを見るのは緊張するので、試合はめったに見ません。でも今回は最後の(?)オリンピックだから必ず見て応援します。」

林丹
「コートに一歩入ればそこは戦場ですし、究極の勝利のために戦わなくてはなりません。」


「彼は勝つべき試合はすべて勝ってきました。そして北京五輪が(?)最後のステップです。もし勝つことができれば完璧でしょう。」

林丹
「今はあまり勝ち負けにはこだわっていません。今は忍耐が必要な時です。あまり周囲の期待に影響されないようにしています。今一番大切なのは家族、そして母です。」

2008年 北京五輪MS決勝 vs リー・チョンウェイ(マレーシア)
ハイライト(五輪公式) ハイライト