もう3年前のことになりますが2014年はBWF設立80週年でした。
 BWF年次レポート2014年版(.pdf BWF Annual Report 2014 p10-11)に年表が載っていたので訳します。
BWF-80-years
・1934年7月5日
 IBF(BWFの前身)が設立される。イングランドバドミントン協会(Badminton Association、現在のBadminton England)が各国協会を招集した。カナダ、デンマーク、イングランド、フランス、アイルランド、オランダ、ニュージーランド、スコットランド、ウェールズの代表が連盟設立の提案に賛成し、IBFが設立された。


・1948-1949
伝説的な選手でIBF会長のサー・ジョージ・トマスにより提案されたトマス杯(男子団体世界選手権) が1949年、10ヵ国の参加によりイングランドのプレストンで初開催される。マラヤ連邦(後のマレーシア)が8-1でデンマークに勝利し優勝した。




※サー・ジョージ・トマス(Sir George Thomas,1881-1972)
1906年から28年にかけて、全英で優勝21回(MS4回、MD9回、XD8回)。
テニスやチェスでも才能を発揮した。
テニスでは1911年のウィンブルドンでMSの準々決勝進出、MDで準決勝進出。
チェスでは2度イギリスのチャンピオンになっている。 
トマス杯開催を提案したのはテニスのデビス杯やサッカーのワールドカップに影響を受けたからだという。


・1956年
イングランドのベティ・ユーバーが女子団体世界選手権(ユーバー杯)の開催を提案。
第1回大会はイングランドのランカシャーで11ヶ国によって争われ、アメリカがデンマークを6-1で下し優勝した。

※ベティ・ユーバー(Elizabeth "Betty" Uber,1906-1983)全英で優勝13回(WS1回、WD4回、XD8回)。


・1962年
インドネシアのジャカルタで開催された第4回アジア大会でバドミントンが初採用される。開催国インドネシアが4つのうち3つのタイトルで優勝。XDは第5回大会から行われた。


・1972年
ミュンヘンオリンピックでエキシビションスポーツとしてバドミントンが行われる。


・1977年
スウェーデンのマルモで初めての世界選手権が開催される。デンマークがMSのフレミング・デルフス(Flemming Delfs)、WSのレネ・コッペン(Lene Koppen)の優勝を含む3タイトルを獲得。


・1978年
中国のIBF加盟問題を巡ってIBFから離脱する国々が出る。中国を中心としてWBF(World Badminton Federation)が設立。


・1979年
初の賞金の掛かったトーナメントであるフレンズ・プロヴィデント・マスターズ(Friends Provident Masters)がロンドンのアルバート・ホールで始まる。プロバドミントン時代が幕を開けた。


・1981年
WBFがIBFに合併することでバドミントン連盟の再統合が実現。中国がIBFに加盟し、最初の世界大会で5タイトルのうち4タイトルを占め、大きな影響を示した。

・1984年
トマス杯とユーバー杯が初めて同時に開催された。ただし試合の方式は以前の9試合のうち5勝した方が勝ちという方式から5試合して3勝した方が勝ちという方式へ改められた。


・1985年
6月5日、東ベルリンで開催された国際オリンピック委員会(IOC)でバドミントンが1992年のバルセロナ五輪から正式競技として採用されることが決定した。また1988年のソウル・オリンピックでデモンストレーションとして行われることも同時に決定された。


・1989年
個人の世界選手権と同時に団体混合バドミントン選手権としてスディルマン杯がジャカルタで開催された。スディルマン杯の名前はインドネシアバドミントン協会(PBSI)設立者のディック・スディルマンに因んだもの。


・1992年
バルセロナ五輪で五輪スポーツとして採用された記念すべき年。4つのカテゴリーで試合が行われ、インドネシアのアラン・ブディクスマとスシ・スサンティ(現在では夫婦)が「ゴールデンカップル」として活躍。それぞれシングルスで金メダルを獲得したが、これはバドミントン以外のすべてのスポーツを含め、インドネシアとして初の五輪での金メダルであった。
またこの年、世界ジュニア選手権も初めて開催されている。 

オリンピック優勝のシーンを集めた動画(5:28)
20 years of Badminton in the Olympic Games - 1992 to 2012


オリンピックバドミントン競技メダリスト一覧 - wikipedia

・1996年
アトランタ五輪でバドミントンにミックスダブルスが加わり、また3位決定戦も開催されるようになった。


・2003年
スディルマン杯が個人の世界選手権と同時ではなく単独のイベントとして開催されるようになった。 


・2005年
6月、IBF本部がUKのチェルトナムからマレーシアのクアラルンプールに移転した。


・2007年
最も格の高い国際的なトーナメントとしてスーパーシリーズがこの年から開始された。


・2008年
その年の最後に行われ上位8名/8ペアのみが招かれる、スーパーシリーズ・ファイナルズが導入された(当初の名称はスーパーシリーズ・マスターズ・ファイナルズだったが翌年に改名)。


・2011年
BWFのバドミントン教育プログラム、シャトル・タイム(Shuttle Time)が開始された。シャトル・タイムは安全で楽しいバドミントンを教えらえる先生やコーチを育成するプログラムで、初回はトンガで行われた。現在では5大陸65ヵ国で行われている。最新(2014年)のものは今週ドバイで行われた。


・2011年
スーパーシリーズのうち5大会にプレミアの格が与えられ、トップ選手たちの出場が義務付けられた。
6月、BWFはパラ・バドミントンの統括する国際機関となった。
8月、BWFの公式チャンネルであるBadmintonWorld.TVが立ち上げられ、すぐに人気を得ることができた。現在では2,500以上の動画で6000万回の視聴回数を誇っている。動画は試合、選手、パラ・バドミントン、シャトル・タイム、コーチング、スポンサー関連のプロモーションと多岐に渡る。


・2012年
BWFは新しいロゴを公開した。バドミントンを象徴するシャトルの形にBWFの文字が書かれた現代的で力強くシンプルなロゴである。
BWF-logo

・2013年
BWF加盟各国協会は新しい会長として、デンマーク人で1996年アトランタオリンピックの男子シングルス金メダリスト、ポール・エリク・ホイヤーを選出した。前任は韓国人のカン・ヨンジュン博士。また評議会には過去最高となる6人の女性が選出されている。

この年、中国のリン・ダンが前人未到(シングルスのみで)の5回目の世界選手権優勝を果たした。またタイのラチャノック・インタノンが18歳で世界選手権最年少優勝を果たしている。

2013年世界選手権
MS決勝 リン・ダン(中国)vsリー・チョンウェイ(マレーシア) ハイライト 

WS決勝 ラチャノック・インタノン(タイ)vsリ・シュエルイ(中国)
 


12月、インスタント・レビュー・システム(チャレンジのシステム)がクアラルンプールで行われたSSファイナルズ から導入された(「インスタント・レビュー・システム(いわゆるチャレンジ)」参照)。このシステムは線審のより正確なジャッジを手助けする技術である。
2014年の初頭にはホークアイ社とシステム供給の契約を結んでいる。
歴史的な初のリー・チョンウェイによるチャレンジは見事成功した。
(※ちなみに初のチャレンジ失敗は高橋/松友だったはず…)

またこの年180番目の加盟協会としてモナコが加わった。


・2014年
ロシアのソチで行われた第126回のIOC総会でBWF会長のポール・エリク・ホイヤーがIOCのメンバーとして承認された。これ以前のBWFの評議会の2人メンバー、2012年のLi Lingweiや2013年のDagnawut Girmay Berhaneに次いで3人目となる。

この年、スポンサーが目立って増えている。世界的な保険会社メットライフがスーパーシリーズの冠スポンサーとして4年(2014-2017年)の契約を結んだ(「国際大会スポンサー一覧」参照)。

メットライフ以前のスポンサーとしては2013年までのSSのスポンサーOSIM。2016年までの大きな大会のスポンサーとしてはリーニン(バドミントンを中心とした中国のスポーツメーカー)、レッドブル・チャイナ、Cheryなど。一方でIMG Mediaが2014-2017年の4年契約でBWFのスーパーシリーズとグランプリゴールドの放映権を得ている。

またこの年オーストラリアがスーパーシリーズを開催するようになり(アジア、ヨーロッパに次いで)オセアニアもSSを開催する大陸連盟となった。

・2014年4月
BWFとドバイスポーツ評議会がスーパーシリーズファイナルズを2014-2017年に開催することに合意。同時にシャトルタイムドバイ(学校やクラブでの普及活動)も行われることとなった。

・2014年7月5日
BWF80周年おめでとう!